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(たなか としき)

その昔、嘉久志に石見の甚五郎あり、とまで云われた清水巌(1733年生)が数々の名彫刻品を世に残しています。現存する巌の彫刻の精緻な技巧は高く評価され、特に根付は「石見もの」と称して今日では海外まで知られています。この伝統の技を受け継ぎつつ、彫刻を志す者として自我の造形を築きたく素材の持ち味を活かす作品創りを心掛け、一彫りひとほりに託しています。また、この石見根付の芸術文化を次世代に伝えたいと切に願っております。

石見根付とは

作品一覧

ADMIN

ウチらが愛する”田中さん”ですけぇ

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 はじめて田中先生にお会いしたときのこと、何度も賞を受賞された石見根付の大家だと聞いていたので、恐そうな芸術家が出てこられるのかと思っていたが、良い意味で裏切られた。柔らかな話し方は、石見の風土であろうか、とても気さくな方で面白い話に聞き入ってしまった。一流の仕事人はやはり一流の石見人であった。
 その後、作品を何点か見させていただいたが一言で言うと「凄い」。圧倒的で過剰な魅力に溢れている。わずか5センチほどの小宇宙に、蛙や百足などが所狭しと躍動している。一瞬の観察者として、ただただ見入ってしまった。世界では、再評価の高まっている石見根付であるが、国内での認知はまだまだ低い。「田中俊睎」は、人々が忘れかけた美意識と石見根付の歴史を、類稀な才能と技術でここに繋ぎ留めている。



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『伝統工芸「根付」後世に』
山陰中央新報2006年11月14日「いわみ談話室」掲載

先日、「石見根付」の技術を、唯一継承されている、江津市在住の田中俊キさんにお会いすることができました。
「根付」とは、着物を着ていた時代に、お金を入れるための巾着や煙草入れ、また水戸黄門でもおなじみの印籠などの提げ物を、帯から落ちないようにひもで結び付けていた留め具のことです。石見地域には、素晴らしい根付師がいたため「石見根付」と呼ばれる伝統芸術が栄えたそうです。
けれども、その存在すら、地元でも知る人が少ないのが実情です。伺うところによると、石見根付は、ヨーロッパでは百年以上も前から上流階級のコレクションの対象となっているほど珍重されています。しかし残念ながら、その石見根付のほとんどが海外に流出し、オークションなどでも驚くような高値で取引されているそうです。まさに、石見が世界に誇る幻の芸術品と言えるでしょう。十二月十六日から一月二十九日まで、益田市の石見美術館で「高円宮家所蔵 雅・みやび宮中装束と根付展」が開催され、根付類五百五十点も展示されますし、同時に同館所有の貴重な石見根付も、別の展示室で見ることができますので、ぜひ一度、ご覧ください。
この伝統芸術をただ一人で守っている田中さんは、「もっと多くの方に石見根付の素晴らしさを伝えていきたい。そのためなら、いくらでも私の技をお教えしたい」とおっしゃっていました。そして、「石見の人には、この素晴らしい技を受け継ぎ、発揮できるDNAを持っているんだ」と。石見が世界に誇る匠の技を、そしてこのままでは本当に消えてしまうかもしれない伝統を、何とか多くの次の世代にもつなげていけないものかと、お話を伺いながら切に思いました。とくに、「石見の人のDNA」という言葉が、私の心に大きく響きました。そして、こう思ったのです。
たとえば、子供たちに石見根付になじみ親しんでもらい、技術面においても田中さんにご指導いただくことはできないかと。そうすれば、その中から素晴らしい継承者が育つかもしれません。何より、石見のDNAを持つ子供たちが、自分たちのふるさとに誇りを持ち、愛する心も育んでいけるのではないでしょうか。石見人のDNAは、石見根付はもちろんのこと、石州和紙、こて絵、石見焼など、豊かな伝統芸術をたくさん生み育ててきたのです。
 このところ、悲しいことに子供たちのいじめや自殺などの痛ましいニュースが続いています。とくに島根県は、文部科学省の調査によると、平成十七年度の公立小中学生の不登校率が、全国一位という現実を抱えています。子供たちに、もっと夢や希望を持ってもらいたい。そのためにも私たちは、この素晴らしい故郷の宝物を、いついつまでも後世に伝えていかなければなりません。故郷の未来を担う、大切な大切な子供たちのためにも。
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